上海のサガンと呼ばれた作家
本書は張愛玲(チャン・アイリン)・楊絳(ヤン・チアン)、二人の女流作家が 日中戦争の最中、1940年代の上海と香港を舞台に描いた短編を 一冊にまとめた作品集である。目玉は「傾城の恋」としても知られる張愛玲の代表作「戦場の恋」 封建的な一族と、忍び寄る戦争の影という閉塞した環境の中で、 自らのアイデンティティを模索する華僑青年と恋に落ちる女主人公。 英植民地として日本軍の勢力圏内に孤島のように残されて、 奇妙な繁栄を謳歌する香港を舞台に 二人の恋は、夢の中のような哀しい浮遊感に満ちている。 20代で代表作のほとんどを書いてしまった張愛玲は、 今に至るまで読み継がれ、「張迷(チャンミー、張愛玲ファン)」 という言葉さえあるという。
張愛玲作品の入手可能な翻訳作品はこれがベストか・・・
コロンビア大学教授の夏志清によれば、張愛玲は魯迅と並ぶ、20世紀中国文学の2台巨頭である。特に、張愛玲文学は三島や谷崎顔負けの美文とフェミニズムが売りのデカデンス文学であり、平明な文章と風刺が売りであった魯迅のそれとは好対照である。つまり、感覚の張愛玲、シナリオの魯迅といったところか(逆に、前者のシナリオ、後者の感覚はまずい)。因って、和訳にも原文の美意識を尊重した文体が要求されるのであるが、訳者は「正しく訳す」事にとらわれている感があるものの、相当頑張っている。実際、正しさだけが売りの池上貞子版と比べてみて、こちらの方が勝っていることがはっきりする。特徴的な美文が売りの張愛玲は、中国語で読まれることにより魅力が最大限に伝わるが、この翻訳版でも雰囲気はつかめると思う。今まで張愛玲を読んだ事のない人、別の訳を読んだ人、双方にお薦めする。張愛玲以外の作品も、なかなか良い。戦前・戦中の上海や香港が目の前に浮かんでくるようだ。
JICC出版局
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